私たちは、目の前にある世界をありのままに見ていると思っています。
自分は冷静に物事を判断しているし、間違ったことを言っているつもりもない。むしろ、自分なりに正しいと思うことを考え、行動しているはずです。
しかし、本当にそうでしょうか?
実は人間という生き物は、自分に都合のいい情報を集め、自分に都合のいい解釈をして、自分が納得できるように世界を見ていることがあります。
心理学では、こうした傾向に関係するものとして「確証バイアス」という言葉があります。
自分の考えを支持する情報ばかりに目が向き、反対する情報を無意識に避けてしまう心理です。
これは特別な人だけに起こることではありません。誰にでも起こり得る、ごく自然な人間の性質なのです。
今回は、人間がどれほど自分に都合よく世界を見ているのか、少し考えてみたいと思います。
1. 人は自分が正しいと思いたい生き物

例えば、仕事でうまくいかなかったとき。
自分の努力が足りなかったと考える人もいれば、職場の環境が悪かった、上司の指示が悪かった、周りが協力してくれなかったと考える人もいます。
もちろん、本当に環境が悪い場合もあるでしょう。
しかし、ここで面白いのは、人間は自分の立場を守るために、無意識のうちに理由を選んでしまうことがあるという点です。
自分の失敗には事情があったと考え、他人の失敗には能力が足りなかったと考える。
自分が遅刻したときは仕方のない理由があり、他人が遅刻したときは時間にルーズな人だと思ってしまう。
こうした心理には「自己奉仕バイアス」や「行為者と観察者のバイアス」などが関係しています。
人間は、自分を悪者にしたくないし、自分の考えが間違っているとも思いたくありません。
つまり、私たちは事実を見て判断しているつもりでも、自分を守るために事実の受け取り方を変えているのかもしれません。
2. 見たいものしか見えなくなる

一度、自分の中で答えを決めてしまうと、それを裏付ける情報ばかりが目に入るようになります。
例えば、「あの人は自分のことが嫌いなんだ」と思い込んでしまったとします。
すると、挨拶を返してくれなかったことや、少し冷たい態度を取られたことが気になり始めます。
一方で、普通に会話してくれたことや、親切にしてくれたことはあまり記憶に残らなくなります。
そして最終的には、「やっぱりあの人は自分のことが嫌いなんだ」という結論にたどり着きます。
でも、相手は単純に忙しかっただけかもしれないし、体調が悪かっただけかもしれません。
私たちは、事実そのものよりも、自分が信じているストーリーに沿って物事を解釈してしまうことがあります。
怖いのは、本人にその自覚がほとんどないことです。
自分では客観的に判断しているつもりでも、実際には自分の思い込みを強化しているだけかもしれません。
3. 自分の考えを疑うことも大切

では、どうすれば自分に都合のいい世界の見方から抜け出せるのでしょうか。
そのために必要なのは、いつでも自分が正しいとは限らないと認識することだと思います。
自分とは違う意見を聞いてみる。
自分が嫌いな人の言い分にも耳を傾けてみる。
失敗したときには、環境のせいにする前に自分に改善できる部分がなかったか考えてみる。
もちろん、何でも自分が悪いと考える必要はありません。
大切なのは、自分の考えを絶対的な正解にしないことです。
人間は誰でも、自分の経験や価値観というフィルターを通して世界を見ています。
だからこそ、自分が見ている世界がすべてではないと知っておくことには意味があります。
自分の考えを疑うことは、自分を否定することではありません。
むしろ、自分の視野を広げるための大切な作業なのだと思います。
おわりに

人間は、自分に都合のいいように世界を見ています。
それは決して悪いことばかりではありません。自分を守り、心のバランスを保つために必要な働きでもあります。
ただ、自分の見ている世界が正しいと思い込みすぎると、他人を理解することも、新しい考えを受け入れることも難しくなってしまいます。
もしかすると、今まで正しいと思っていたことが間違っているかもしれない。
反対に、嫌いだと思っていた人にも、自分には見えていない事情があるのかもしれない。
そんなふうに考えられる余裕を持っていたいものです。
自分が見ている世界が、世界のすべてではない。
そう思えるだけで、少しだけ生きやすくなるのかもしれません。