兄貴が言った言葉だった
先週兄貴が死んだ。てんかんの持病を持っていたので入浴中に発作が起きてそのまま溺死したらしい。
警察の病理解剖でも溺死としか出なかったらしい。
今まで釣りしたり、キャンプに行ったりして楽しんでいたのが急に思い出になっちまった。
そういえば去年、カヤックをくれたんだ。
兄貴はカヤックを買って子供たちと遊びたかったんだと思う。
でも兄貴は離婚していた。
子供と一緒にいる時間が少なすぎるんだ。あと、自分がどうにかなっちまうんだと思って受けとって欲しいと思ったのかもしれない。
今年の初めには初めて会社の新年会に呼ばれた。
めっちゃうまい料理屋あるから食わしちゃるから!お前もこいよ!っつってた。
いつもの調子で二人で住んでいた頃の話とかして、俺が「そんなことあったっけ?」とか思いながら聞いていた。
多分何年か前に発症した病気になってから記憶が曖昧になってたのかなと思ってた。
しかも盛りぐせがあったからちょっと盛って言ってみんなを笑わせようと思ったのかもしれないといつも思っていた。
去年の10月には兄弟3人集まってサイモン(謎のドイツ人)と一緒にサイモンのカレーを実家で食う約束をしていた。
サイモンは到着が遅れて、自分は子供を迎えに行かなければならなかったので先に帰ったのだ。
その時、兄貴は寂しそうに「なんでちゃんと予定組んでなかったんだよ」とボソッと言った。
そうだ、俺が3人子供を連れてくればいいんだけれど、いろいろ事情があってさ。とか思ってた。
みんなが集まる半年くらい前には兄貴が「子供のことで悩んだら遠慮しないで相談しろよ」って言ってくれていた。
いつもオイル交換に行った時は全然出てこないくせに気分がいい時だけそういうこと言ってんだろって思ってた。
てんかんの薬は飲むと気分が下がってしまったり、精神的におかしくなってしまうことがあるということを初めて知った。
いつも明るくて元気で、普通の人が遭遇したら精神的に参ってしまうような話でも兄貴は全部「笑い飛ばしてた」
ここでは話せないようなことなので詳細は控えるけど、マジでとんでもない話ばかり。
少しだけ話せることがあるとすれば…いや、ないな…(笑)。
強くて、明るくて優しくて、真面目ではないけどぶっ飛んで自分がふざけて周りの人を笑わせるのが得意だった。
一緒に住んでいる時はずっとすべらない話のDVDをいつもみていた。兄貴の笑いの教科書はすべらない話だった。
ススキノで喧嘩を売られて兄貴の兄貴がビール瓶で背中の脇腹を刺されるという事件があったらしい。
自分は居合わせてないけど、刺した相手が病院送りになったらしい。
その話を聞いた時は「こいつは多分刺されても死なないんじゃないか」と思ったくらいだ。
でも兄貴は死んだ。
毎朝思う。
これが夢だったらいいのになって。でも部屋の片隅には兄貴が最後に残した書類とバッグが置いてある。
その書類を見るたび、触るたびに現実に引き戻される。
自分の検索履歴を見るとタイムリープの方法を調べている。あの時、連絡していれば、助かったのかもしれない。
あの時ガソリンスタンドのオイル交換に行かずに兄貴のところに行っていたら、最後に会えたのかもしれない。
そんな後悔だけが残った。
もう兄貴はいないんだ。
伊達の大岸に行った時に言ってた言葉があった。
朝日を見ながら
「俺、朝日が好きなんだよね、夕日ってさ、なんか悲しくなるじゃん。朝日ってさ、なんか元気もらえるじゃん」
今思えば何言ってるのかよくわかんないけど
海を見るたびにその言葉を思い出す。
兄貴は多分二日酔いから覚めた時の爽快感とかのことを言ってたんだろうか。
死ぬ前は、体に悪いからって酒もやめてランニングとか筋トレとかもしていたらしい。
冷蔵庫に残っていたラップに包まれた玄米の米と野菜
どっかで買ってきた賞味期限切れのシュークリームが残っていた。
多分、3時のおやつに食べたかったんだと思う。
「たべれんかったなぁ、シュークリーム」
現実とは時に残酷な轍を残していく。
食べるといえば、兄貴が飲み会から帰ってきた時に友達と家に帰ってきた。
自分は寝ていて、「ほら、お土産買ってきたぞ!食え!」とか言って寝ている俺の口に突っ込んできた。
俺はそれをくった。
そしたら兄貴の友達はめっちゃわらってた。自分の中では普通のことだと思ってたけど、周りの人から見ると結構変わった兄弟だったのかもしれない。
兄貴はやることが異次元すぎて、近くにいると麻痺してしまう。
どんなことが起こっても、「兄貴だからね」で済まされてしまう。
そんな兄貴も水とてんかんには勝てなかったみたいだ。
急に自分の意思とは関係なく気絶してしまって、しかも水に酸素を奪われてしまう。
だけど、交通事故で誰かに迷惑をかけるより良かったのかもしれない。
てんかんの薬が合わなくて病院を転々としていたらしい。薬が効いていると母親にまで暴言を吐いてしまうらしい。
「母さんの飯が一番うまいわ!」っていつも言ってた。
もう食えなくなっちまったな知哉。
呼び捨てにしたらおこるんだっけ。
知哉と一緒に住んでたアパートで買った2段ベッド。子供用だったよね。
2万もしたのにさ、買って家に届いて組み立てたら「ちっちゃくね!?」とか言って
そんでその時の話を何回もしてさ、当時の知哉と一緒にいた人がいってたよ。
「あの時ベッド落ちたよね」って。
あれ本当だったんだね。俺覚えてないわ、寝ぼけてたから。
たまに工場行ってもあんまり出てこなかったのは、周りの人に冷たくしちゃうからだったんじゃないかな。
俺には優しかったからさ、冷たくしたら悲しむと思って出てこなかったんじゃないかな。
いつも気遣ってくれてありがとね。
自分より、身内の誰かが悲しむのが許せなかったんだと思う。俺はいいから、お前ら自分大事にしろよって背中で語ってたよね。
でもさ、俺が店作る時はめちゃめちゃにしてくれたじゃん(笑)あれは大変だったな〜
知哉は工場を作るつもりで見積もってて、豪太は飲食店出すような見積もりで思っててさ、俺は美容室作りたいって思っててさ。
みんなバラバラで土本さんがちゃんとまとめて最後まで面倒見てくれたよ。あの後3人で飲みに行こうって言ってたんだよね。
でもさ、色々面白いことしてくれて本当にありがとう。
あとは豪太と俺に任せといて。知哉の片付けやっとくから。(主に豪太ね)
心配なことたくさんあると思うけど、次に会う時にはまたメチャクチャな兄貴でいてくれよ!